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雑学・その他

朱雀門から入れ

2014年10月23日 更新

 西国経営の拠点であった大宰府で、平城京や平安京を模した条坊制が敷かれたのは8世紀頃からであると言われている。政庁を北辺の中心として南北に朱雀大路を配し、南北東西が2km四方にわたって碁盤の目状に区画されていた。

 朱雀大路の起点は政庁への入り口ということでもちろん朱雀門が高くそびえ、南端の都への入り口には羅城門がその威容を誇っていたはずだ。今はそのことをしのぶ縁は何もなく、ただ政庁正殿の礎石のみが往年の栄華を伝えている。

 さて、わが太宰府アカデミーは、この朱雀大路のすぐ東側丘陵地の頂きに位置している。つまりすぐ眼下には朱雀大路がつうじ、その先には官衙入り口となる朱雀門が屹立していたのである。この門を大宰の帥(だざいのそち)である大伴旅人や菅原道真、万葉歌人山上憶良その他多くの殿上人が往来していたであろうし、そのきらびやかな姿に庶民は羨望のまなざしを注いだに違いない。太宰府アカデミーの生徒諸君も登竜門である朱雀門から正しく入り、医学部合格そして医師へという念願を果たして欲しいものだ。( 教務 高取 )