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雑学・その他

パワースポット太宰府アカデミー

2014年05月29日 更新

太宰府といえば定番は太宰府天満宮である。
菅原道真公終焉の地であり、墓所でもあるが、実は太宰府には他にも隠れた英傑の墓所がある。
高橋紹運公である。
隠れた英傑などというと玄人筋からはブーイングが出るかもしれない。
知る人ぞ知る武辺の鑑なのである。

 

時は西暦1586年、島津氏の九州平定作戦に敢然と立ち向かい、徹底的に抗戦したのが誰あろうこの紹運公なのである。
島津の軍勢はおよそ5万人。
これに対する紹運公の手勢は僅かに763人。

衆寡敵せず。
結果は戦う前から明らかであったが、降伏勧告にも肯んぜず奮戦玉砕したのである。
島津軍が本陣を敷いたのは我がアカデミーと同じ朱雀の丘。
島津軍が紹運公の首実検をした首塚も歩いて数分の距離にある。
紹運公の正式な墓所は高橋一党が拠った四天王寺山岩屋城直下に胴塚と称して現在も立派に残っている。
この胴塚には後日談があり、紹運公の武勲を惜しんだ島津の武将が近くの集落民に金子を与え、永劫の墓守を命じたというのである。
この命を忠実に守り続けた集落民のお蔭で、墓所は今に至るまで極めて清浄に保たれている。

さて、この紹運公の墓所と道真公の墓所を底辺とする二等辺三角形の頂点に、正確に位置するのがなんと我が太宰府アカデミーなのである。
奇遇ではないか。
学問の神と千万人と雖もわれ行かんの敢闘精神を発揮した紹運公の英霊が我々を見守っているのである。
受験生にとっては絶好のパワースポットともいえる。

 

https://mapsengine.google.com/map/edit?mid=zymyT8Wd6yPk.kzyL7_Rt7fNk

 

 

学舎の窓から眺める岩屋城を抱く山塊は、移りゆく時の流れを見つめているのか今日も静かに佇んでいる。

 

 

 

 流れての末の世遠くうずもれぬ 名をや岩屋の苔のした水   紹運公辞世

 

 

 

 

 

 

 

( 教務 高取 )