ブログイメージ
スタッフブログ
  • 教室と寮が一体の全寮制
  • 少人数制でプロ講師との距離が近い
  • 家庭的な雰囲気で生活面も徹底サポート

トップページ > スタッフブログ > 【医学部志望の方へ】「命に向き合う」ということ

スタッフブログ

BLOG

2020.06.01

【医学部志望の方へ】「命に向き合う」ということ

 

 

 こんにちは。小論文担当の山中です。

 

 前回のブログを担当させていただいてから、随分と時間が経ってしまいました。

 当時の受講生さんたちの中には、見事、受験を突破した方もいらっしゃれば、今年もまた心新たに、次の受験に向けて再出発された方もいらっしゃいます。

 今年度から太宰府アカデミーでの学びをスタートされた方も、大勢いらっしゃいます。

 そこで今回は、前回の内容を振り返りつつ、医師を目指すにあたってぜひ考えていただきたいことを綴ってまいりたいと存じます。

 

 

********************************************************************************

もくじ

1.なぜ、医師を目指すのか

2.「命」について考える

3.献体について(ご葬儀のお話)

********************************************************************************

 

 

 

1.なぜ、医師を目指すのか

 

 

 

 皆さんはなぜ、医師を目指そうと心に決めたのでしょうか。

 その理由がしっかり定まっていないと、小論文は書けません。言い方を変えれば、志望理由理想の医師像将来のビジョンなどが明確であれば、どのようなテーマの小論文が出題されてもある程度は対応が可能です。

 

 

 とはいえ、医師になりたい理由がかなり漠然としている人は少なくないようです。「親が医師だから」「医師以外の職業を知らないから」「人の役に立ちたいから」「人を助けたいから」では、志望理由としては不十分です。もちろん、医師を目指したきっかけがそうだった、という分には大いに結構なのですが、そのきっかけが明確な意志へと変化した動機は何なのか、また、どのような医師を目指そうとしているのか、そうしたクエスチョンに対して、自分の言葉でしっかり答えられるようにしておく必要があるのです。特に、「人の役に立ちたい」「誰かを救う仕事がしたい」というのは、志望理由にはならないと思っていただくくらいがちょうどよいと思います。世の中のほとんどの仕事は、誰かの役に立っていますし、誰かの救いになっています。数ある仕事の中で、なぜ、医師という仕事を選んで人の役に立ちたいと思ったのか。ぜひ、折に触れてじっくり考えてほしいと思います。

 

 

 なお、受験勉強のモチベーションを維持するためにも、志望理由を固めておくのは大事なことです。受験勉強を続けるうちに、「なぜ医学部にいこうとしているのかわからなくなった」という迷いが生じることのないよう、できるだけ早い段階で意志を固めておきましょう。

 

 

 また、医師になるための学びを得るにあたって、なぜ、その大学を選んだのかという理由を考えておくことも大事なことです。「医師になれるのであれば、どの大学でも構わない」という考えでは、受験を突破するのは難しいでしょう。同じ医系の大学・学部であっても、最先端医療に強い大学、地域医療や僻地医療に力を入れている大学など、様々な特徴があります。ぜひ、自分の志望理由に見合った大学を探しておくことをおすすめします。興味のある大学のホームページは、細部に至るまでくまなく目を通しておきましょう。

 

 

2.「命」について考える

 

 

 

 医師になるということは、人様の命を預かるということです。

 

 もちろん、看護師や救急救命士、警察官など、人命に直接関わる仕事は他にもたくさんありますが、医師はその代表職であるといっても過言ではないでしょう。その分、医師の仕事には重い責任が伴います。常に新しい知識を身に着け、実践に活かす応用力が求められる一方で、看護師や他の診療科医師、理学療法士などと連携して患者さんを治療していくためのリーダーシップ・協調性も求められます。もちろん、コミュニケーション能力も必要です。医学部入学試験において多くの大学で小論文が課されている理由は、受験生の皆さんがこのような医師としての資質・適性」を備えているかどうか大学側が知りたいと思っているからです(前回のブログにも同様のことを綴っております)。

 

 

 しかしながら、どんなに優秀な医師であろうとも、どんなに医療が発達しようとも、「人は必ず、いつかは死ぬ」という現実を変えることは不可能です。人に限らず、生きとし生けるものの「命」には限りがあります。いつ死ぬか、どのように死ぬかはわかりませんが、いつか必ず、その「命」を終える日がやってくることは確実なのです。少々重いテーマにはなりますが、医師を目指そうとしているのであれば、ぜひ、時々でよいので、「死」について深く考察する機会を持ってほしいと思っております。人様の命を預かるということは、常に「命と向き合う」ことに他ならないわけで。「死」について考えることは、「生」について考えることに等しいのですから。

 

 

 ここでひとつ、時事に触れたいと思います。

 つい先日(5月27日)、昨年7月に起こった京都アニメーション放火殺人事件(犠牲者36名)の容疑者が逮捕されました。この容疑者は全身に重い火傷を負い、当時の症状から計算した死亡率は「95%超」だったそうです。一時は瀕死の状態に陥ったそうですが、医師の懸命なる治療を受けて一命をとりとめ、その後のリハビリを経て、警察の取り調べに応じられるまでに回復したとのことで、27日、京都府警は容疑者逮捕に踏み切りました。

 

 この容疑者の治療に尽力された医師は、ある新聞の取材に対し、こう述べておられます。

 

 「治療に力を尽くしたのは、被害者と真相解明のためだ。」

 「罪に向き合ってほしい。」

 

引用元:読売新聞オンライン2020年5月28日07:57

 

 

 記事によれば、この容疑者はリハビリ中、「(リハビリをしても)意味がない」「どうせ死刑だから」「(自分は)意味のない命」などと投げやりな態度を見せていたそうです。しかし、この医師が「私たちは懸命に治療した。君も罪に向き合いなさい」と繰り返し諭し、リハビリをさせると、次第に態度の変化も見られたとのことです。

 昨年11月の転院時、この容疑者は医師に対して、「他人の私を、全力で治そうとする人がいるとは思わなかった」と漏らしたといいます。

 

 

 皆さんは、この医師の言動に何を思いますか。

 医師の使命とは何かと問われたら、どのように答えますか。

 

 

3.献体について(ご葬儀のお話)

 

 

 

 前回のブログにも綴りましたが、わたくしは現役の司会者でもあります。ご葬儀の司会もあまた経験しております。献体を希望された方の葬儀司会をさせていただいたことも、何度かございます。

 

 

 献体とは、医学・歯学の大学における解剖学の教育・研究に役立てていただくため、ご自身の肉体(ご遺体)を無条件・無報酬で提供することをいいます。献体が実行されるのは、献体を希望されたご本人が亡くなった際、ご遺族あるいは関係者の方が「故人の遺志に従ってご遺体を提供する」ことを承諾し、手続きをされた時です。ご遺体の提供先は、故人が生前に登録した大学や関連団体です。

 

 

 献体を希望された方のご葬儀がいつ、どのように行われるかはケースバイケースです。献体前に一般的な告別式が執り行われることもあれば、献体後、ご遺体のない状態で「お別れ会」が催されることもあります。献体としてのお務めを終えられて火葬されたのちに、骨葬(こっそう)が営まれることもあります。いずれの場合であっても、献体を希望されるご本人とご家族との間には、生前の密なる話し合いが必要です。

 

 

 しかしながら、いくら密なる話し合いを重ねていたとしても、いざ「その時」を迎えるとなると、ご遺族の心は揺らぐものです。通常のご葬儀であれば、ご出棺ののち、そのまま火葬場へ向かって火葬・収骨するまでが一連の儀式となりますが、献体の場合は、上記いずれのご葬儀の場合であっても、ご遺族が火葬場まで同行することはできません。出棺時になって初めてその現実を突きつけられるご遺族の方も少なくありません。ゆえに、たとえ納得して故人を送り出すと決めたご遺族であっても、いざ「その時」が訪れると、心の整理が追い付かなくなってしまうのです。ただでさえ、大切な人を喪った(うしなった)深い悲しみの底にいるのに、通常のお別れができないのですから。ご遺族の方々が混乱されるのは無理からぬことです。

 

 

 これから医師を目指そうとする皆さんは、医学部・歯学部に進学すれば必ず解剖実習を経験することになります。その際はぜひ、そこに「命」があったことを、その人が「生きてきた」道のりがあったことを感じてほしいと、切に願います。と同時に、献体を申し出たご本人の思いや、それを承諾したご遺族の方々の思いをしっかり受け止められるような医師になってほしいと、心より願います。

 

 

 なお、新型コロナウイルス感染症が原因で亡くなった場合は、通常のご葬儀を執り行うことは極めて不可能に近い状況です。詳しくは「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令」などの法律分野を学んでいただければと思いますが、感染が判明し入院した後はなかなか家族との面会もかなわないということは、日々の報道で皆さんもよくご存じのことと思われます。感染された方が亡くなられる時は、ご家族に見守られることなく、ひっそりと旅立ちます。ご遺体は非透過性納体袋に収容・密封されますので、ご家族は最期にお顔を見ることも、残されたぬくもりを感じることもできないまま、お別れしなければならないのです。そうならないようにと、また、これ以上の感染拡大を食い止めようと、現場の医師や医療従事者の方々は、日々、必死の思いで頑張っておられます。緊急事態宣言が解除されたとはいえ、まだまだ油断のできない状況は続きますので、引き続き、手洗い・うがいをこまめにするよう心掛けましょう。そして、マスクは正しく着用しましょう。

 

 

 以上、前回のブログを振り返りつつ、いま皆さんにお伝えしたいことを述べさせていただきました。今後、小論文の講義を受講する際には、将来、自分が医療現場の最前線に立つことを具体的にイメージしながら取り組んでいただけると幸いです。

 

 

 末筆ではございますが、新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方々、および、ご家族、関係者の方々に謹んでお悔み申し上げますとともに、罹患された方々には心よりお見舞い申し上げます。また、医療従事者の皆さまをはじめ、感染拡大の防止に尽力されている多くの方々に、心より感謝申し上げます。罹患された方々の早期ご回復と、一日も早くこの事態が終息(「収束」ではなく「終息」)することを強く願っております。

 

 

 (小論文担当講師 山中 裕子)

資料請求はこちら
お問合せ・ご相談はこちら